Kid Stardust on Tani-9

うちのオカンと私の話。それから仕事の話。

2014.11.28

179件

仕事やビジネスについて考える時、大学生の時にうちの家庭に起こった、ちょっとした事件を思い出す。この話は時間も場所も変えて、もう3回ぐらい書いた記憶がある。3回すべて、書いている時の肩書や立場が違う。最初は大学生だった。2回はサラリーマンだった。3回目、つまり今は、みじんこみたいな会社だけど代表取締役という似合わない立派な肩書がある。同じ事件を振り返る時に少しずつ感想が変わる。長くなるけど、あらためて書いてみよう。

私と母親と仕事の話だ。

うちはごく普通のサラリーマンの父親と、パートの主婦と兄弟で構成されるありふれた家庭だった。祖父から受け継いだ土地や、祖父が建ててくれた新築の三階建の家があっただけ恵まれてたと思う。これを見ている古くからの友人ならわかると思うけど、三階建のあの家のことだ。

普通の家庭が普通ではなくなっていくのが大学生の頃だった。22、3歳の頃だと思う。おやじの膨大なギャンブルでの借金が露呈して家族会議になった。パチンコや競馬なんて生易しいもんではなく家と退職金が吹っ飛ぶぐらいの金額だった。今でもバカだなと思うけど、マカオで遊んでいる自分を見ると血は争えない。ただし、それは本編とは無関係なので触れない。

母親は何も文句を言わないタイプの人だった。我慢する人なのか、無頓着で脳天気なのかはわからない。夜中にどれだけ遊び歩いても、友達が遊び来て騒いでも文句らしい文句もいわない人だった。じっとしているのが苦手で、内職やパートを探してきてはずっと働いている。専業主婦をやっていた時期の記憶がない。最近、ガンになって手術をした。その後は養生しないといけない身なんだろうけど、家でじっとテレビを見るのが苦痛で、実家の喫茶店を手伝いにいっている。お金がほしいとかよりも、何もしないのが嫌なんだろう。

話を戻そう。父親の借金が発覚して家系が火の車になった。借金取りが来るようになった。朝、大学に行こうと玄関に行くと父親と借金とりが口論してる。電気が止まったりガスが止まったりする。絵に描いたような貧乏な家庭だけど家だけはそこそこ立派だった。ばあちゃん、つまり父親の母親が生きていたし、祖父から受け継いだ家を手放したくないプライドもあったんだろうと思う。何かを守ろうとすればするほど、ジリ貧の泥沼にはまっていく。最終的には家を手放すことになるけど、家庭はボロボロの状態だった。母親は別に文句を言わなかったけど、ある日の晩御飯が「これだけ?」と思った時に、大学生だった私も事情を察するようになった。普通だったら、もう2品ぐらいあるはずのおかずがなかったからだ。

母親はプラスチックの部品を袋詰めするようなパートをしていたけど、不運なことにおりからの不況の人員削減でパートの時間が減っていた。家計が火の車だったので、母親は少しでも高い時給と労働時間を求めて新しいパートを探した。見つかったのが、BookOFFのような古本とCD、ゲームを扱うリサイクルショップだった。ちょうど、今のマクドナルドのある場所に大型のチェーン系リサイクルショップがオープンしようとしていた。そこのオープニングスタッフを募集していたので母親が応募した。

建物が完成するのは日々、目にしていた。プレステやゲームキューブの中古ソフトや、CDやDVD、古本まで扱う大型店舗が近くにできるのは単純に大学生の私にはいいことのように思えていた。ただ、自分の母親がお金に困って働きに行くとなると別だ。確かに求人の募集は出ていた。けれど、その求人はそれこそ私のような大学生が応募するようなやつだ。

「おかあさん、あの本屋さんで働くねん」

母親は夕食の時にそんなことを気軽に言っていた。話を聞いた時、不安しかなかった。おかんはきっとプレステとゲームキューブの区別もつかない。DVDとCDの違いもわからないかもしれない。プレステもセガサターンもゲームキューブもない、うちの母親にとってはそれはすべて「ファミコン」でしかない。きっと大学生が応募してくるようなバイトだろうし、ヘタしたら私の中学や小学校の同級生が混じってるかもしれない。そんな中に場違いな主婦が飛び込む。笑いものにされる構図が思い浮かんでしかたなかった。けど大学生の私は「やめろ」とも「がんばれ」とも言わずに、話を聞いていた。母親に何かを言うのがかっこ悪く思えた年齢だった。

母親が働き出して何日か後でお店に行ってみた。入り口の自動ドアが開くたびに「イラッシャイマセー、オキャクサマー」と誰かが言う。その声を聞いた店舗内のスタッフすべてが「イラッシャイマセー、オキャクサマー」とやまびこのように返す。今となっては無意味な接客だと思うけど、当時はこんなシステマティックな、ファミレスじみたマニュアル化された対応が盲信されていた時代だった。自動ドアが開くたびに「イラッシャイマセー、オキャクサマー」と言う。全従業員がやまびこのように返す。感情はない。ただマシーンのように返す。

当時の私がそのマニュアルに何を思ったのかわからない。こんなの無意味だろと思ったのか、チェーン店は接客がちゃんとしてるなと思ったのか。どちらかは覚えていないが、母親がこのマニュアルな動きをやらされていることが不安だった。うちのオカンもお客さんが入ってきたら「イラッシャイマセー、オキャクサマー」と大声で叫ぶ。1時間あたり700円のお金をもらうために。

けれど、うちの母親は私の予想に反してがんばっていた。

働きはじめて1週間ぐらいたった時の夕食だった思う。順調に働いていて、休憩時間になると若い女の子と話すようになったみたいだった。その女の子が私と同じ歳の大学生で、しっかりした女の子だったらしい。オープンしたばかりのお店でお互いに何もわからないけど、かなり歳の離れたうちの母親と仲良くなって雑談するようだった。私が思ったよりも母親は大きなチェーン店に対応していたみたいだった。覚えやんなあかんこと多くて、おかあさん大変やわ。そうなことを言っていた。

それからまた1週間後だったと思う。順調に言っていると思っていた私に、夕食の席で母親が唐突に言った。

「おかあさん、あの本屋さんクビになってもうたわ…」

当時の私がどんな反応したのか覚えていない。母親がどんな表情、どんなトーンで言ったのか、何も覚えていない。けど「そう…」と返事をしたんだろう。「また何かいい仕事が見つかるんじゃね」ぐらいは言ったかもしれない。

労働に関する法律も知らないし、仕事やビジネスに何も理解ない大学生だ。何もできないし、クビだと言われれば従うしかない。世の中はそんなもんだろうと思ったのかもしれない。

ご飯を食べて部屋にいたと思う。夜の11時ぐらいだった。

やっぱり納得できなかった。自分の母親が働いているのに、いきなりクビにするのか? 確かに器用な人ではないけど、いきなりクビにしなくてもいいじゃないのか?

大きなチェーン店はルールががっちりしてるんだろうと思う。マニュアルに当てはめて母親をクビにしたんだろう。けれど、やっぱり納得できなかった。気が付くと、私は上着をとって本屋に向かっていた。もやもやした私は閉店間際のお店へ行った。店は徒歩1分の距離にある。夜の12時前だ。

自動ドアを抜けると、もちろん「イラッシャイマセー、オキャクサマー」と言われる。

「昨日までここで働いていたものの息子です。お忙しいところ申し訳ないですが店長さんと話させてもらえませんか?」

自分がお客様でないことを若いバイトの女の子に伝えると、すぐに店長を呼んでくれた。私が名乗ると、ある程度の事情を察した店長は誰もいない別室へと通してくれた。私よりも年上だけど、今の私とは同じ歳か年下かもしれない。30歳ぐらいの若い男が店長として対応してくれた。

単刀直入に言った。

「ご存知だと思いますが、うちの母親がクビになりました。その理由ってなんですか? どんくさい人なんで能力がないのはわかりますが、2週間で能力を見極めるのはちょっと難しくないですか?」

そんな質問をしたと思う。なんとなく2週間たらずにクビされて悔しかったのかもしれない。

私の言葉に対しての店長の言葉は合理的だった。私の知らなかった事実も教えてくれた。この事実の解釈が、時と共に感想が変わる。要点を書くと以下のような感じだ。

・母親との契約は試用期間を含んでいて、母親は試用期間の2週間が終わった後で解雇された。法的に不当ではない。

・私がお店を訪れる前に父親が店に来てチンピラのように店長にからんだ。大阪人特有の品のない絡み方だ。「2週間で何がわかるねん!なめんな!もう一回雇え!」

・あなたの父親も来られましたね… と店長は今思えば疲れたように言っていた。

この事実に対する解釈が3回とも時間と共に変わる。いろんな人の立場や心情が、時間と共に変わって見えなかったものや気付かなかったことに気付かされる。

ここまで読んでくれた人は誰の心情がよくわかるのだろうか。長くなったので、また続きは解釈編として書きたい。

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